アルフレッド・W. クロスビー『数量化革命--ヨーロッパ覇権をもたらした世界観の誕生』小沢千重子訳、紀伊國屋書店、2003年、185–214ページ。
第2部 視覚化--革命の十分条件
第8章 音楽
音楽は時間とともに進行する物理的に計測可能な現象である。中世およびルネサンス期のヨーロッパ人は、音楽を世界の基本的な枠組みから流出したもの、あるいはその枠組みの一部と考えていた。彼らの時間認識を考察するにあたっては音楽を取り上げるのが最も適切である。
10世紀の末頃までのヨーロッパでは、音楽を適切に書き記す方法がなく、典礼音楽(キリスト教会における公的礼拝の音楽)は記憶を頼りに演奏されていたため、歌詞や演奏方法が多様化していた。一方で音楽を一定の形式に統一しようとする傾向も存在し、これがグレゴリオ聖歌の収集・編纂と記譜法の考案につながった。
ローマ・カトリック教会の典礼音楽であるグレゴリオ聖歌は、一つの旋律からなる単声音楽(モノフォニー)であり、音の高低や強弱にあまり変化がない。グレゴリオ聖歌は、音の長短を厳格に規定した定量音楽とはかけ離れており、ある音の長さは音が割り当てられた音節を歌うのに必要な時間の長さであった。つまり時間が持続する長さが時間の担う内容によって規定されていたのである。
中世初期の西ヨーロッパのキリスト教では、物事を正しく行う方法は一つだけであり、聖歌にもそれが当てはまったため、音楽を書き留める手段が必要だった。そうして修道士たちが発明したのがネウマ記譜法である。当初これは音高の相対的関係を表す記号(ネウマ)の体系に過ぎず、数量的ルールに基づいて構成されたものではなかった。しかししばらくするとネウマの位置をわかりやすくするために横線が引かれるようになり、それが増えてやがて譜表となった。線の上や線と線の間にネウマを書き、他の記号を併用することで、あらゆる音の相対的音高を合理的に書き表せるようになった。
また9世紀になると、かつて神聖不可侵とされたグレゴリオ聖歌に新たな歌詞や旋律を挿入することが認められるようになり、複数の旋律(声部)で構成される多声音楽(ポリフォニー)が誕生した。西ヨーロッパの音楽が単調なグレゴリオ聖歌から複雑なポリフォニーに発展するにつれて、演奏される場所も修道院や郊外から大聖堂や都市に移った。そして13世紀には、教会で演奏されるポリフォニーにも大衆音楽のメロディーやリズムの影響が現れ始めた。
ポリフォニーの形式で歌うためには、歌い手たちが曲のどの部分を歌っているのか、どの程度の速さで歌えばよいのかがわかる必要がある。そのためリズムという時間を計量する尺度が現れた。そのような数量化と演奏という実践が直接結びついていた音楽は、物事を数量的に把握し現実世界を数学的に考察するという姿勢を一般に広める上で非常に大きな影響力を持った。
13世紀初頭から14世紀にかけて音楽に影響を及ぼした要因は、一つはポリフォニーであり、もう一つはアリストテレスの全著作の翻訳が西ヨーロッパにもたらされたことである。音楽理論家たちは(第3章で言及した)スコラ学者特有の分類の技法と論法で、西洋音楽の正統的形式を築いた。
例えばヨハネス・デ・ガルランディアは音楽をジャンルに分類し、それをさらに類に分類することで個々の曲を位置付けた。また彼はリズムの問題に最初に取り組んだ理論家で、音の休止の相対的長さを表す休符を発明した(なおこのとき、存在しないものを表すゼロという数字が既に普及していた)。またケルンのフランコは、あらゆる音符と休符の長さを系統的に表す記譜法を提唱・標準化した。こうして、従来のように時間の内容がその長さを規定するのではなく、時間がその内容を計量するようになった。
音楽家たちは定量音楽のルールを駆使して、抽象的な時間を流れる音、つまり羊皮紙や紙に記される音を、細かく分割したり、逆行させたり、上下を入れ替えたりするようになった。1320年頃に著された『アルス・ノヴァ』という論文は、同名の新たな様式の音楽を論じている。アルス・ノヴァでは「不完全な」拍子だった二拍子を「完全な」拍子である三拍子と対等なものとして受け入れ、またそれまで認められていたものよりさらに短い長さを表す音符を新たに考案された。また、メロディのパターンとリズムのパターンの持続時間が変わり、それが繰り返されて最終的に同調するという、定型反復リズム(アイソリズム)という形式も生み出された。これは「聴くよりも見た方がわかりやすい」技法だった。
16世紀後半から17世紀にかけての科学革命の時代には、音楽家は社会の中心近くに位置していたが、中世の音楽家の場合もそうだと言える。『アルス・ノヴァ』の著者とされているフィリップ・ド・ヴィトリは、指導的な作曲家・理論家でありながら、パリ大学の芸術教授・数学者・古代史と倫理哲学の学徒であり、王の書記官・顧問官・外交使節団の長・司教を務めた。彼の新しい時間概念は社会の主流をなしていた。
ある社会が現実世界をどのように認識していたかを分析するには、その社会の時間認識を調べるのが最も優れた方法である。アルス・ノヴァなどの音楽の変化は、西ヨーロッパの文化の大きな変容を示している。音楽は西ヨーロッパ社会の中核をなす心性(マンタリテ)に対して重要な意味を持っているのである。
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