2015年8月27日木曜日

イントロダクション:人文学と科学 Bod and Kursell(2015) 【Isis Focus:人文学の歴史と科学史】

Rens Bod and Julia Kursell, 2015, Introduction: The Humanities and the Sciences, Isis 106(2): 337340.

C. P. Snowに端を発する「二つの文化」論争は過去のものとなった。科学史家はこれまで、科学への文化的・社会的影響や科学における人文学的手法の役割を指摘してきた。しかしながら、科学と人文学を対等にかつ統合的に描く歴史記述は未だなされていない。

人文学の歴史においても科学史においても、人文学あるいは科学とは何かが問題となる。人文学は、神ではなく人間を、自然ではなく人間の文化を、計測や計算ではなく理解や解釈という人間の試みを対象とし、Diltheyの述べるところのGeisteswissenschaftenに言い換え可能であると説明される。しかし、少なくとも今日の英語における人文学humanitiesという言葉は、学問領域と同時に学問領域の対象をも指す点や、学問分野として何を含むかに関して議論がある点で、早い時代においてのみならず今日においても曖昧さをもつ。同様に、初期近代までの科学史は、今日多かれ少なかれ堅牢だと思われる科学という概念について、その境界線はそれほど昔から続いているものではないことを指摘している。さらに、より時代を遡れば、科学と人文学の境界もはっきりとは引けない。このことは、科学と人文学の共通の歴史の必要性を示している。
本特集では、19世紀から今日まで続いている科学と人文学の区別は、両者を統合する歴史を描く試みにとって何を意味しているか、という問いを検討する。

本特集に寄せられた論考では、科学と人文学の間の区別の過程やそれらの統合の可能性を論じている。BouterseKarstensは、19世紀後半に科学と人文学の区別がどのように決定的となったのかを調査した上で、両方にまたがる心理学に着目してその区別を再考する。KursellHelmholtzの音楽研究を取り上げ、音楽学においては後に科学と人文学に区別されるアプローチが混在していたことを示す。Bodは情報技術における形式論formalismや様式patternが人文学に由来することを指摘し、形式論や様式のレベルにおける人文学の歴史と科学史の比較の枠組みを提案する。DastonMostは、人文学の歴史を科学史に含み込むことへの賛否両論をまとめた上で、両者の対等な形での統合に向けて、科学史家と文献学の歴史家の協力を構想する。

人文学と科学の歴史を統合するという目標は、人文学の歴史はそれ自体で研究され得ない/されるべきでないということを意味するわけではない。人文学の歴史と科学史がどうすれば互いに実りを得られるのかを考え続けることが課題である。

人文学の歴史と科学史の比較枠組み Bod(2015) 【Isis Focus:人文学の歴史と科学史】

Rens Bod, 2015, A Comparative Framework for Studying the Histories of the Humanities and Science, Isis 106(2): 367377.

科学史においては短いスパンを扱う研究はもちろん、長いスパンを扱う研究が必要不可欠である。それは人文学の歴史においても同じであり、近年長いスパンを扱う研究が登場してきた。
その中で明らかになってきたのは、人文学と科学はその区別がなされる前も後も、見識や方法を伝達し合うなど、互いに影響し合っているということである。しかし人文学の歴史と科学史は、それぞれ別々に研究されている。人文学と科学の間の伝達を記述するためには、歴史の長い期間を検証する比較の枠組みが必要である。
本稿では、方法あるいはその背後にある形式論formalismや規則システムrule systemのレベルでの伝達に焦点を当て、様々なディシプリンにおける例を概観する。

言語学とコンピュータサイエンスにおける文法形式論
情報技術の発展はコンピュータサイエンスによるものであり、一見そこに人文学は関係ないように思われるが、プログラミング言語の発展の基盤となる形式論を生み出したのは人文学(言語学)である。
人間の言語は規則のシステム(=文法)として記述できるが、現存する最古の文法はインドの文法学者PaniniB.C.500頃)による著作に見られる。Paniniの規則システムは、無限にあるサンスクリット語の文を有限個の規則で記述し、ある単語やフレーズの繋がりが文法的に正しいか判定できる。
文法という考え方は、1950年代の言語学的概念が自然科学や社会科学に導入される流れの中で、高級プログラミング言語にも用いられるようになった。最も成功した高級プログラミング言語といわれるALGOL60には、Paniniに端を発する文法概念が応用されている。プログラミング言語と人間の言語は、それらが従う規則そのものだけでなく、規則が表現される形式論においても同一性をもっている。
このように文法という形式論においては、言語学とコンピュータサイエンスは深い共通性をもっている。

文献学と生物学における歴史系統樹と系統学的規則
1950年代には、生物学においても言語学的比喩やアナロジーが用いられた。これは、前節で述べたように言語学的概念がコンピュータサイエンスなどに導入され、そこからさらに分子生物学に導入されたことによる。分子生物学は言語学に加えて、系統文献学stemmatic philologyからも影響を受けている。
系統文献学は、系統樹を作り、テクストの原型を推定するための理論である。ある配列の複製のされ方やその際に出たエラーの説明の仕方の規則や手順は、テクストだけでなくDNAにも応用可能であった。このような生物学における文献学的概念の使用は、形式論だけでなく規則まで一緒に導入された点で、言語学とコンピュータサイエンスの間にあった以上の同一性をもっている。
さらに、生物学に導入された系統学は分岐論に導入され、分岐論が文献学や言語学に技術的・概念的影響を及ぼしている。このような相互作用は、言語学とコンピュータサイエンスの間にも見られる。

人文学と科学に共有される他の形式論と規則システム
人文学と科学に共有されている形式論や規則システムは他にもいろいろある。
まず歴史学の分野では、Rankeに始まる原典批評という方法論が挙げられる。これは抽象的な文法や系統樹といった形式論ではないが、原典を批判的に評価するための規則システムであり、根拠に基づいた医療・法科学・法学など広い分野で用いられている。
さらに、特に古い物としてはAlbertiに始まる線遠近法が挙げられる。この規則システムはヨーロッパの絵画・芸術における大変革だけでなく、遠近法の数学的研究にも繋がった。
また音楽における、単純な整数比に基づいてハーモニーが生まれるという形式論は、長い間支配的であり、宇宙のモデルは17世紀末までこれに基づいていた。
一方、人文学由来の形式論の影響は、言語学的系統樹が「科学的」人種差別主義に結びつくなど、必ずしもポジティヴなものばかりではないことにも留意すべきである。
映画研究やテレビ研究など人文学の比較的新しい分野で用いられている、形式論や規則システムの例もある。それらが将来他のディシプリンでも用いられるようになるかも、いずれわかるだろう。

結論
本稿では、形式論という概念のレベルで異なるディシプリンを比較できること、方法・形式論・規則のレベルにおける(人文学と科学の間の)伝達が継続的かつ長期的なものであること、形式論と規則のレベルのみが類似性でなく同一性を明らかにするであろうことを論じた。また、人文学から科学や社会に伝達された方法・形式論・規則の影響が想像以上に大きいことも明らかにした。

科学史は人文学の歴史を考慮することなしには通覧できない。ホイッグ史観に陥ることなしに科学史と人文学の歴史を統合することが将来の課題であろう。