イアン・ハッキング『偶然を飼いならす--統計学と第二次科学革命』石原英樹・重田園江訳、木鐸社、1999年、18–25ページ。
第2章 必然性の教義
アメリカ人哲学者C. S. パースは、1892年に「この宇宙の中のすべての事実が法則によって決定づけられているという通念を疑うこと」を提案した。彼は「任意の時点における事物の状態は、『強固な普遍の法則と結びついて他のすべての時点の事物の状態をも完全に規定している』という命題」(=〈必然性の教義〉)を問題とした。彼は「普遍的必然性の理論[...]の無効性を明らかにできた」と論じた後、さらに積極的に、この世界は他に還元することができないという意味で偶然に満ちているchancyと断じ、非決定論者の先頭に立った。
〈必然性の教義〉が疑われる前後の違いをはっきりさせるために、パースと、確率数学者ラプラスを対比させてみる。ラプラスは「すべての事象は、たとえそれが小さいために自然の偉大な法則に従っていないように見えても[…]必然的にこの法則から起きるのである」という古典的な必然性言明を書いた。カントをはじめとする哲学者たちは、彼に全面的に賛同した。
偶然は決定論的な現象世界でどのように捉えられるのかという点に関しては、あらゆる時代に数多の議論がなされてきた。例えば因果系列の交わりという概念では、一見〈たまたま〉起こったように見える出来事は、非因果的だったのではなく、因果系列が交わった[複数の因果が一緒になった結果そうなった]だけだと説明される。このような必然性の面子を保つための考えは、アリストテレスからトマス・アクィナス、19世紀の確率論者A. A. クルノーに至るまで、何度も出された。
哲学的に厳密ではない確率概念も、必然性への脅威にはならなかった。ラプラス以前の最良の確率の教科書を著したド・モアブルは、生起したすべてのことは(たとえ我々が知らなかったとしても)設定の物理的特性によって決定されていると考え、「偶然というのは単なる言葉にすぎない」と述べた。ヒュームはこのフレーズを『人間知性の研究』でそのまま用いている。偶然を幸運や運命のような積極的な力と見なす人物は、ド・モアブルにとっては反宗教的であり、ヒュームにとっては通俗的であった。偶然は理性とは矛盾するものと考えられたのである。
ヒュームは〈必然性の教義〉への懐疑で有名なように思われるが、彼が疑っていたのは必然性の実在ではなく、必然性についての我々の認識、つまり自然の内的な働きを知っている[あるいは知ることができる]という主張であった。ラプラスはヒュームよりは楽観的で、我々は無知ゆえに究極原因や偶然に頼ってきたかもしれないが、それらは知識の範囲が拡張するとともにいずれ消え去るだろうと考えていた。
ラプラスのこの考えにすべての人が同意したわけではなかった。クザヴィエ・ビシャは「自然の中では、存在、属性、科学はそれぞれ二種ある。存在は有機的か非有機的であり、属性は生命を持つか持たないかであり、科学は生理学か物理化学である」と述べている。そして、物理法則は一定不変であり、物理現象は予測や計算が可能である一方、生理学的な法則は一定不変ではなく、有機的生命の現象は予測や計算ができないと考えた。「すべての生命の働きは多くの変数の作用を受けており[...]これを把握するためには大変な計算が必要である。なぜなら異なった事例ごとに異なった規則を必要とするだろうから」。
ただし、ビシャが反論したのは[一定不変な]法則に対してであって、秩序や因果に対してではなかった。彼の生気論は〈決定論の浸食〉を生じさせないどころか、むしろ偶然概念に真っ向から抵抗していた。
次章では〈数え上げcounting〉を扱うが、ここでヒュームとカントが生きている時期の〈数え上げ〉を取り上げる。それは、秘匿される官製のものと、公表されるアマチュアのものの二つに大きく分かれる。カントはヘルダーの歴史概念に関する著書の最初の部分と、同時代の有名なドイツ統計の読み物と併読し、普遍史についての小論を書いた。
[...]個々人にあっては驚くほど規則的でなく混乱しているように見える出来事にも、人類全体の行為として見れば、人間に元来備わっている根本的な素質が、たとえ緩慢にせよ絶えず発展している様子を認識できる[...]たとえば、死、誕生、結婚には人間の自由意志が影響を及ぼすので、これらの数値をあらかじめ計算することを可能にするような規則は皆無であるように見える。それにもかかわらず諸国で毎年発表される統計表は、これらの現象が[...]一定不変の自然法則に従って生起していることを立証している。
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