アルフレッド・W. クロスビー『数量化革命--ヨーロッパ覇権をもたらした世界観の誕生』小沢千重子訳、紀伊國屋書店、2003年、287–302ページ。
第3部 エピローグ
第11章 「新しいモデル」
西ヨーロッパの人々は、西暦1300年前後の数十年の間から、現実世界を視覚的・数量的に認知する新たな枠組みを発展させてきた。
視覚を重視することがもたらした恩恵の最たるものは、目に見える事物・現象と、それを均一な単位量を用いて計測した結果が一致しているという認識であった。新たな枠組みにおけるアプローチでは、まず考察対象を、その本質を明確に示す最小の要素まで還元し、それを紙に書いて見えるようにするか頭の中で思い描く。そしてそれを均一な単位量に分割し、その数を数える。そうすることで対象を計測したことになる、つまり数量的に表現できるようになる。このようにして初めて、厳密な考察や実験が可能になる。
当時の西ヨーロッパは、機械類の発明や利用の分野では世界をリードしていたものの、その差は決して大きくなかった上に、それ以外のいくつかの分野では未だに遅れを取っていた。しかしながら、現実世界を認知する枠組みを作り、それに基づいて世界の合理的な解釈や操作を可能にした点で、西ヨーロッパは他を大きく引き離していた。現代文化の合理的特性は視覚化および数量化と関連がある、あるいはその傾向があると言える。
印刷術は、視覚化の威信を高め、数量化の普及を加速させた。西ヨーロッパでは1400年代〜1500年代にかけて、科学や工業技術分野の挿絵の芸術性が最初のピークを迎えたが、印刷術の発明によって、技術に関する正確な挿絵の有用性・重要性が急激に高まった(複雑・精緻な図を手で模写することは難しいが、印刷機を使えば完璧なコピーをいくらでも作れた)。印刷された技術に関する挿絵は、16世紀後半〜17世紀の科学革命でも重要な役割を果たした。科学革命においては極めて多くの事柄が視覚的に表現されているためである。
ルネサンス遠近法は、現実世界を正確に描写する手法だけでなく、一定のルールのもとで現実世界を変形させる方法を示した。その一つであるメルカトル図法は、視覚化と数量化を巧みに結合させた16世紀最大の傑作である。
西ヨーロッパの船乗りは(特に長距離の)航海のために、丸い地球を平面の海図に書き、実際には曲線を描く航程線を海図上に直定規で引く必要に迫られていた。フラマン人地図製作者ゲラルドゥス・メルカトルによって1569年に印刷された世界地図は、(実際には両極で収束する曲線である)経線を緯線と同様に平行線として描いたため、極地方の面積が極端に大きくなった。また極に近づくにつれて経線間の距離を人為的に増したのと同じ比率で緯線間の距離も長くしたため、実像はさらに大きく歪められた。しかしこの地図の上には航程線を真っ直ぐに引くことができた。
メルカトルは船乗りの便宜のために空間の広がりを極度に歪めており、視覚化の実践における離れ業と言える。彼はこの投影図法の数学的理論を解説した著述を残しておらず、その理論はイギリス人のエドワード・ライトによって1599年に示された。
16世紀の西ヨーロッパ社会は比類ない存在だったが、その裏には宗教戦争や無差別の破壊行為など社会の不安定さが存在していた。彼らは生き延び発展するに至ったが、彼らが旧来のモデルの欠陥を補うために生み出した「新しいモデル」は、現実世界を検証する新たなアプローチと現実世界を認知する新たな枠組みを提供した。やがて「新しいモデル」は並外れて確実であることが判明し、人類に強大な力と宇宙の本質を理解できるという信念を与えた。
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